大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)1956号 判決
全事件原告
喜多冴子
全事件原告
春田幸美
甲・丁事件原告両名訴訟代理人
関根幹雄
乙・丙事件原告両名法定代理人
亡春田一幸相続財産管理人
喜多冴子
乙・丙事件原告両名訴訟代理人
水田利裕
同
澤田隆
甲・乙事件被告
三進金属工業株式会社
右代表者
新井正準
甲・乙事件被告
信田潔
右両名訴訟代理人
松原倉敏
同
伴純之介
丙・丁事件被告
セントラル運輸有限会社
右代表者
岩川久教
右訴訟代理人
四橋善美
高澤新七
今村憲治
主文
一 原告らの被告らに対する各請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実≪省略≫
理由
一当事者
1 原告喜多冴子は亡春田一幸の妻であつたもの、同春田幸美が同人の長女でありいずれも同人の相続人であることは原告らと被告セントラル運輸との間では争いがなく、被告三進金属及び同信田との間では成立に争いのない甲第五、第六号証によりこれを認めることができる。
2 <証拠>によれば、原告両名は一幸の死亡後相続限定承認の申述を申立て、同申述は昭和五五年五月二一日神戸家庭裁判所伊丹支部において受理され、原告冴子が一幸の相続財産管理人に選任されたことが認められる。
3 被告信田が進明金属の従業員であつたこと及び被告三進金属が昭和五五年七月二五日進明金属を合併し同社の債務を全部承継したことは当事者間に争いがない。
二事故の発生
春田一幸が昭和五四年九月二九日スチールコイルの下敷となつて死亡した事実は全当事者間に争いがなく、一幸が同日進明金属に貨物自動車でスチールコイル一七本を運搬してきたこと、進明金属においては同社に設置されている天井クレーンを使用して右スチールコイルの積降し作業が行われていたことは原告両名と被告三進金属及び同信田との間で争いがない。右争いのない事実と<証拠>を総合すれば次の事実が認められる。
1 本件事故現場は、奈良市神殿町五七八番地所在進明金属工業株式会社の鉄骨スレート葺き工場の北側出入口よりやや中に入つた個所であり、同工場の天井には北から南にかけて重量物運搬用の二トン吊り天井クレーン(日立製作所製二トンホイスト、型式2BHPF11)が設置されており、同社工場に貨物自動車で搬出入される重量物はこれにより積降しされていた。
2 春田一幸は、昭和五四年九月二九日午前七時三〇分ころまでに進明金属の工場に同社で製作するスチール柵の柱になるスチールコイル(直径一・三七メートル、中心の巻き穴直径〇・四九メートル、幅七・五センチメートル、厚さ〇・一七センチメートル、重量七五八キログラム)一七本を→貨物自動車(神戸や一一や八一・一八、一一・五トン積み)に積んで搬入し、同様にスチールコイルを運搬して来た別の一台の自動車からの荷降しが終了するのを待つて、工場北側出入口から自動車をバックさせ車体のほぼ半分(荷台部分)を工場内に乗り入れた。
3 本件スチールコイルの受渡条件は「持込渡」とされており、これは運送契約内容として工場内に荷物が降されて運送者の債務が完了するか又は契約内容としてはそこまでの債務はないが少なくとも事実上運送者が荷物受取側の指示する場所に荷物を降すことが通常のサーヴィスとして慣行的に期待されるものであつたため、一幸は進明金属工場内の天井クレーン及びワイヤロープを使用してスチールコイルを降す作業を開始した。同クレーンのフック部分にはワイヤロープの脱れ止め装置である安全ピンが装置されていた。一幸は、貨物自動車荷台上でスチールコイルの転倒防止用固定枠のある場所からコイル三本ずつを組にしてその巻き穴に長さ二・三メートルのワイヤロープ(直径一二ミリメートル、両先端が輪状になつているもの)を通し、その先端を天井クレーンのフックにかける作業(玉掛作業)をした後、自動車の側に立つ被告信田に合図し、同人が電気スイッチを押してクレーンを移動させるという手順で作業を進めた。その際既に荷降しを終えた別の自動車の運転手である本井末利が若干手伝つたがほどなく帰り、以後荷台上は一幸ひとりの作業となつた。一幸は本件事故当時正規に玉掛作業をすることができる資格である玉掛技能講習を終了していなかつたが、被告信田は昭和四五年三月一五日付で同講習修了証の交付を受けている(以下、これを玉掛免許又は玉掛資格という。)。右作業開始に当たり被告信田は、一幸が玉掛作業を分担することは従来からこの積荷降し作業をする上での通例であることから当然と考え、さらに一幸には重量物運搬の仕事に携わる自動車運転者として当然玉掛作業の資格を保持しているものと考えたため、同人に資格の有無を問いただすことはしなかつた。
4 一幸が三組目のスチールコイル(三本)の荷降し作業に取りかかり、一旦ワイヤロープを通してクレーンのフックに掛けたスチールコイルが荷台後方の車体枠から約一・一五メートル手前まで移動したところで荷台につかえる状態となつた。そこで同人は、被告信田に合図してクレーンを停止させた。
この時被告信田は、下からこれを見ていて一幸に対し「元の位置に戻そうか。」と言つたが、一幸は「大丈夫やから降せ、降せ。」と答え、スチールコイルを荷台上に着けワイヤロープが垂む位の位置まで下げさせた上、ワイヤロープを一・五メートルの短かいものと取替えようとした。一幸はスチールコイルの北側に立つて従前かけてあつた二・三メートルのワイヤロープの先端をクレーンフック部から外して抜き取り、スチールコイルとクレーンフック部とを結ぶワイヤロープが完全にない状態として短いワイヤロープをスチールコイルの中心の巻き穴に通そうとした。その時、スチールコイル(三本)が東側に倒れかけたため、一幸はこれが倒れないように支えようとしてスチールコイルの東側に自らこれと相対する西向きの姿勢で入り込み、そのままの体勢で押しつぶされるようにしてスチールコイルと自動車の車体枠との間で挟圧された。
5 事故が発生したのは同日午前八時五〇分ころであり、一幸は事故後直ちに奈良市平松町一二七番地の一県立奈良病院に運ばれたが、同日午前九時五〇分ころ同病院において、胸部、腹部、腰部挫滅傷、右大腿部挫滅傷等による外傷性ショックにより死亡した。
以上の事実が認められる。
被告セントラル運輸有限会社代表者岩川久教の本人尋問の結果中には、受渡条件にいう「持込渡」には荷物を降す作業までは入つていない旨の供述部分があるが、それ自体必ずしも明確でない上事実上運送者が荷物を降すことが通常のサーヴィスとして期待されるものであることを否定する趣旨ではないから右認定事実3を左右するものではない。
また、証人喜多実の証言中には、スチールコイルを運搬してきた自動車運転手に対して玉掛免許の有無を確認し免許のない運転手には荷降しを手伝わさない旨の供述部分があるが、これは喜多証人の特定の会社での経験を述べているにすぎないから一般化できないし、証人本井末利の証言中の運転手は特定の大会社を除いてほとんどどこの配達先でも玉掛作業をするという供述部分に照らしても採用することができない。さらに、証人本井末利の証言中には、右認定事実3に反し、本件クレーンのフック部分に安全ピンがなかつた旨の供述部分があり、前記甲第一五号証及び原告冴子本人尋問の結果(第一回)中の供述部分によると、本井末利は昭和五四年一一月一八日に本件訴訟代理人である弁護士関根幹雄及び原告冴子に対し同旨のことを述べたことが認められるが、同人の記憶それ自体があいまいなものである上前記乙第五号証の一ないし三及び被告信田の本人尋問の結果(第一、二回)、殊に本件事故現場を実況見分した警察からも立入調査を実施した労働基準監督署からも進明金属に対して何らの注意もなされなかつたこと等に照らし採用できない。さらに、被告信田本人尋問の結果(第一、二回)中には、一幸が倒れて行くスチールコイルの下に入つたのは、同人が当時つつかけ草履を履いていたのと荷台の床が漏れていたことから足を滑らせたことによる可能性もある旨の供述部分があるが、これは単に同被告の推測を述べたにすぎない上、前記甲第八号証の四、殊に一幸はスチールコイル転倒前には北側の位置に立つていたのに、転倒後にコイルの東側に入り体正面が西向きになる形でコイルと車体枠とに挟圧されていたという事故時の位置関係からするとコイル転倒開始直後に同コイルに相対する形で東側に体の位置を移すという一幸の意識的な行動があつたことが推認されるから、前記部分は採用できない。その他右認定事実を左右するに足りる証拠はない。
三被告信田の責任
原告らは、被告信田に対し一幸に本件玉掛作業に従事させるに際し玉掛の免許の有無を確認し免許を有しない場合には作業に従事させてはならない義務又は一幸に作業させることができるとしてもその危険を回避させるため適切な指示をなすべき義務があり、同被告がかかる義務を懈怠したことにより本件事故が発生したと主張するので判断する。
およそ重量物を天井クレーンにより移動させる作業は吊荷の落下、横ぶれ等による事故発生の危険を内在するものといえるから、かかる作業に従事するものは一般的に危険発生を予測して未然に防止し事故発生を回避すべき義務を有するものであるが、右義務違反の有無は具体的状況との関連で判定されることが必要である。
まず、前記認定事実によれば、本件スチールコイルの受渡条件は「持込渡」となつていて、契約内容か慣行かは別として運送者が荷物を受取側の指示する場所に降すのが通例であるから、進明金属側の従業員としては当然玉掛資格を有する運転手が積荷を工場内に降してくれるものと期待して作業に臨むのも止むを得ないし、一幸がスチールコイルの玉掛作業を当初は先に荷降しを済ませた運転手本井と協力して、その後は一人で自発的に行つていることについて、格別同人が玉掛無資格者ではないかと疑うべき事情は何ら認められないので、被告信田が一幸に対して玉掛作業の資格の有無を問いたださなかつたとしても非難されるべきいわれはなく、被告信田に一幸の玉掛免許の有無を確認すべき義務まではないものといわなければならない。そしてこの義務が認められない以上同人を作業に従事させてはならない義務もまた認めることはできない。
そして、前記認定事実によれば、本件事故の原因は一幸がクレーンに吊つたスチールコイルを移動させているときコイルが荷台床につかえたためクレーンのフック部分とスチールコイルとの間に掛けてあつた長い二・三メートルのワイヤロープを取り外して短い一・五メートルのワイヤロープに交換しようとした際、短いワイヤロープをスチールコイルとクレーンのフック部分に掛けてから長いワイヤロープを外すという手順をとることなく荷台床上にスチールコイルをロープなしで立たせる状態を作り出したためスチールコイルが倒れかかつたこと及びそのとき一幸がこれを支えようとして下に入つて行つたことにあるといわなければならない。このような場合一幸としてはかかる事故を回避するために長いワイヤロープを付けたまま短いロープに取替えるか、スチールコイルを転倒防止の固定枠のある元の位置まで一旦戻した上でワイヤロープを交換するか、スチールコイルのような重量物が転倒してくるのを体で支えるといつたような甚だ危険なかつ尋常でない行動に出ないようにすべきであつたことは明らかである。
次に、被告信田に一幸がそのように対処すべき旨指示すべき義務があつたかどうかについて検討するに、前記認定事実によると、被告信田は天井クレーンの昇降及び移動のための操作、一幸は玉掛作業及びクレーン操作の合図というように二人は作業を分担していて一方が他方を監督する立場になかつたばかりでなく、被告信田は一幸が玉掛作業資格がないことを知らなかつたことにつき止むを得ない事情があつたから、被告信田について一幸に対しワイヤロープの交換についての手順の指示又はワイヤロープの交換場所についての指示をすべき義務を認めることはできない。ただ、被告信田としては一幸が危険に直面していることが明らかであるか若くはそれを予見し又は予見し得べかりし場合には、共同作業者としてその旨警告し可及的に事故発生を回避すべき義務があるものといわなければならないけれども、本件の状況下では、被告信田としては一幸が荷台の上でスチールコイルとクレーンをつなぐワイヤロープを完全に外す状態を作り出したり、転倒しかけた重量物であるスチールコイルを体で支えようとしてその下に入るといつたような極めて危険な非常識かつ特異な行動に出ることは通常これを予見し又は予見することができるものとはいえないから、被告信田としては、右のような共同作業者としての危険警告義務も認めることはできない。そうすると、被告信田は、本件事実関係の下においてはおよそ本件事故発生を回避できなかつたものというほかないから、被告信田に原告ら主張のような義務違反等を認めることはできず、他に同被告の義務違反を認めるに足りる証拠もないから、原告らの被告信田に対する請求はその余の判断をするまでもなく理由がない。
四被告三進金属の責任
1 原告らは、進明金属についてクレーンを支配管理するものであるから労働安全衛生法六一条の事業者の義務又は一般民事法上の義務としてこれを安全に使用させるべき義務があるのにこれを怠り、一幸の玉掛免許の有無を確認せず無免許の一幸に玉掛作業を行わせたことから本件事故が発生したから、同社に民法七〇九条の責任があると主張するので判断する。
まず、原告らは、進明金属の右義務の根拠として労働安全衛生法六一条を挙げ同社が同条にいう「事業者」に該当すると主張するが、同法にいう事業者とは「事業を行う者で、労働者を使用するもの」(同法二条三号)を指すところ、進明金属と一幸との間には法律上も事実上も雇傭関係はないから、一幸がスチールコイルの玉掛作業中惹起した本件事故につき進明金属に同法六一条の違反があつたということはできない。もつとも、企業がその設置する機械を従業員でない作業者に対して使用させる場合にも故障のなく安全性に問題のない機械を提供し、使用する資格と技能を有する者に限り、安全に使用させるべき民事法上の義務を負つていることは否定できない。しかし、この義務違反があるというためには具体的事実関係の下でそのような無資格者の作業からの排除が可能かつ相当で十分それを期待することができることが必要であるというべきところ、前記二で認定した事実及び三で述べたところによれば、本件事実関係の下では、進明金属の右義務を具体的に履行すべき立場にある被告信田が一幸に対して玉掛作業の資格の有無を問いたださなかつたことは非難されるべきではなかつたから、結局進明金属にクレーンを安全に使用させるべき義務違反も認めることはできない。他にこの点の義務違反を認めるに足りる証拠もないから、原告らの右主張は理由がない。
2 原告らは、進明金属が被告信田の使用者であることから民法七一五条の責任があると主張する。しかし、民法七一五条の責任が発生するためには被用者が不法行為責任を負うことを要するところ、本件においては前記三で述べたとおり本件事故発生につき被告信田に何ら義務違反を認めることはできないから、原告らの主張はその前提を欠き失当である。
3 原告らは、土地工作物である本件クレーンに玉掛用ワイヤロープがフック部分から外れるのを防止するための装置である安全ピンがなく、右瑕疵により本件事故が発生したとして進明金属に民法七一七条の責任があると主張する。しかし、前記のとおり本件クレーンのフック部分に安全ピンが装置されていたものと認められるから、原告らの右主張はその前提を欠き理由がない。
また、原告らは、本件クレーンに対して玉掛作業を行う資格を有する者及びクレーン操作につき特別の教育を受けた者の二人を配置すべきであり、かかる人的配慮を欠いたことがクレーンの設置・保存の瑕疵にあたるとも主張する。しかし、土地の工作物たるクレーンの設置、保存の瑕疵について人的要素を加えて判定することが適切な場合があるとしても、クレーン作業には種々の形態があり、作業内容等のいかんを問わず一律に二人の人的配置をすべきことが要請されるものと解することはできず、本件事故時に行われていたような作業に関しては自動車荷台上での玉掛作業と工場内土間でのクレーン操作とを分担することが作業能率の点からも望ましいといえようが、これにしても本件事実関係の下においては進明金属の従業員のみでその作業を担当させるべきであるともいえないから、結局原告ら主張のような人的配慮を欠いたことがクレーン設置、保存の瑕疵に当たるものとはいえず、その主張は理由がない。
4 合併により進明金属の債務を承継した被告三進金属に本件事故による損害賠償責任があるというためには進明金属に同責任がなければならないが、以上によれば、進明金属に本件事故による責任を認めることはできず、他に同社の責任を認めるに足りる証拠もないから、原告らの被告三進金属に対する請求はその余の判断をするまでもなく理由がない。
五被告セントラル運輸の責任
1 <証拠>によれば次の事実が認められる。
(一) 春田一幸は、運転手として会社に勤務したり自己所有の自動車を用いて主として重量物を運搬することを業とする等していたが、経済的に困り昭和五四年四月ころから、知人から紹介してもらつた名古屋市所在の被告セントラル運輸に対して頼んで同被告から仕事を廻してもらうようになつた。被告セントラル運輸代表者岩川久教は、一幸が運送業を独立して営業するについて免許を有しないいわゆる白ナンバーの自動車運転手であることを承知しながら、知人の紹介でもあり自らも手数料収入を挙げることにもなることから一幸の頼みに応ずることにした。右岩川は一幸が運転手として運搬する重量物の積降し作業をすることも考えられたが、一幸に対し玉掛免許を有しているかどうかを確めることはしなかつた。
(二) 一幸は運送注文主と被告セントラル運輸との間で単価が決められた仕事のうち、一幸自身の日程上の都合に合うものを運搬走行に無駄が出ないよう実質的に被告セントラル運輸の配車係担当もしていた寺山勲と打合せて仕事を受けていた。一幸が仕事を受けるに当たり、一幸と被告セントラル運輸との間で基本的な契約を明らかにしておくために契約書を取り交すとか、また個々的な仕事に関しても契約書等を作成することはなかつた。
(三) 一幸は、昭和五四年四月一〇日ころから事故時まで車の故障や足の負傷で差支えのあつた短期間を除いて継続的に被告セントラル運輸からの仕事をほぼ専属的に行つていた。その間のセントラル運輸から一幸に対する代金の決済方法は一幸が依頼された荷物の運送を終えた後二、三日から数日分をまとめて荷物の受領書と共に被告セントラル運輸に請求書を提出し、これに対して同被告が一割の手数料及び一幸が同被告の系列会社であるセントラル物産のガソリンスタンドから購入したガソリン代金を差引いた上税金の源泉控除をすることなく支払われていた。
以上の事実が認められる。原告喜多冴子本人尋問の結果(第一、二回)中には、一幸が事故当時被告セントラル運輸の従業員であつた旨の供述があるが、これは一幸がセントラル運輸との雇傭契約に基づいて従業員の地位にあつたとまでいうものではなく一幸が事故当時同被告の仕事を継続的にしていたという趣旨と理解すべきものであつて、他に右認定事実を左右するに足りる証拠はない。
2 右認定事実によれば、一幸は本件事故当時被告セントラル運輸と雇傭契約に基づいた被用者の地位にあつたものとはいえず、同被告から重量物の運送をほぼ専属的に依頼されていた運送請負契約上の当事者たる立場にあつたものといわなければならない。一幸が独立して運送業を営むことができない白ナンバーの自動車運転手であつたからといつて、私法上運送請負契約が締結できないものとはいえない。また、原告らは、被告セントラル運輸は信義則上本件契約を運送請負契約と主張することができない旨主張するが、確かに前記認定事実によれば、被告セントラル運輸としては、一幸がいわゆる白ナンバーの貨物自動車運転手であることを承知しながら仕事を廻しており、この点は道路運送法に違反する違法行為でもとより許されるものではないが、一幸についても同様のことがいえるのであつて、一幸が経済的に困つていて仕事を廻してくれるよう強く希望した経緯も併せ考えると一方的に被告セントラル運輸のみを非難することもできないから、原告らの右主張は採用できない。
ところで、およそ安全配慮義務はある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者が相手方に対して信義則上負う義務と解されるところ、本件においても被告セントラル運輸と一幸は相当期間継続しているほぼ専属的な運送請負契約に基づいて社会的接触の関係に入つたものといえるから、同被告は一幸に対して一定の安全配慮義務があるものといわなければならない。そして、安全配慮義務違反は債務不履行責任を成立させるが、一幸と被告セントラル運輸との間の運送請負契約関係の当事者でない原告らが、安全配慮義務違反という契約関係上の債務不履行により固有の慰謝料請求権を取得するものとは解されないから(最高裁昭五一(オ)第一〇八九号昭和五五年一二月一八日第一小法廷判決、民集三四巻七号八八八頁参照)、原告らが被告セントラル運輸に対して安全配慮義務違反による債務不履行を理由として原告ら固有の慰謝料を求める部分は、主張それ自体失当である。
3 前記のような安全配慮義務の具体的内容は、安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるものであるし、義務違反の判定の場面でも当事者の地位の差異は相応に考慮されなければならない。かかる観点からみると相当期間継続しているほぼ専属的な運転請負契約の一方当事者である被告セントラル運輸が一幸に対して負うといえる安全配慮義務としては、社会通念上相当と認められる範囲を超えて相手方当事者の生命及び健康等を危険にさらすことのないような契約内容とすべき義務を信義則上考えることができる。
原告らは、被告セントラル運輸の安全配慮義務の内容として同被告としては一幸に重量物の運送をさせる場合同人に玉掛免許があるかどうか調査すべき義務があり、同人に免許がなければ重量物の運送を中止させるか又は玉掛免許のある者を同乗させる義務があつたと主張するので判断する
原告らの主張する安全配慮義務は、前記のような社会通念上相当と認められる範囲を超えて相手方当事者の生命及び健康等を危険にさらすことのないような契約内容とすべき義務とはいえないが、契約を締結するに当たり相手方当事者の債務の履行に伴うことのある危険を可及的に予防すべき義務なるものを内容として考えるべきであるとするものとみられる。一般的にこのような義務を安全配慮義務の内容とするについては前記のような観点から検討されなければならないが、少なくとも、具体的事実関係の下において相手方当事者の債務の履行に伴うことのある危険を具体的に認識できたことを要するものというべきである。本件についてこれをみるに前記のとおり一幸はいわゆる白ナンバー営業であるにもかかわらず被告セントラル運輸に仕事を廻してくれるよう頼み込んでいるのであつて、かかる事実関係の下においては、被告セントラル運輸側が一幸に対して玉掛免許の有無を尋ねたとしても、一幸は仕事をさせてもらえないおそれもあるから正直な応答をしたものと期待することは困難であり、かえつて、被告セントラル運輸から重量物運搬の仕事を受けることにつき不利な事情である玉掛免許の不所持をあえて秘匿して同被告らの仕事を受けていたものと推認され、本件事実関係においては、被告セントラル運輸には一幸の重量物の運搬に付随する荷物の積降しに伴うことのある危険を具体的に認識できる状況にあつたものとは認められないから、被告セントラル運輸が、その被用者ではなく運送請負契約の相手方当事者である一幸に対して、玉掛免許の有無を調査しなかつたことをことをもつて安全配慮義務違反があつたものということはできない。したがつて、同被告が、玉掛免許のない一幸に対して、運送を中止させたり又は玉掛資格のある者を同乗させなかつたことも玉掛免許を確認しなかつたことの延長上にあるから安全配慮義務違反になるものということはできない。
以上によれば、被告セントラル運輸は本件事故につき民法四一五条に基づく責任を負うべきものとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張は理由がない。
4 原告らは、被告セントラル運輸は、一般不法行為法上の注意義務としても、一幸に重量物を運送させる場合同人に玉掛免許の有無の調査義務があり、これがなければ運送を中止させるか又は玉掛免許のある者を同乗させる義務があると主張する。しかし、前記3で述べたとおり、被告セントラル運輸には債務不履行として右義務違反は認められず、同様の理由により不法行為法上の義務違反を認めることもできない。他にこれを認めるべき証拠もないから、原告らの右主張は理由がない。
5 以上によれば、被告セントラル運輸に本件事故による責任を認めることはできず、他に同被告の責任を認めるに足りる証拠もないから、原告らの同被告に対する請求はその余の判断をするまでもなく理由がない。
六よつて原告らの被告らに対する各本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(吉田秀文 加藤新太郎 五十嵐常之)